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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)118号 判決 1995年6月20日

神奈川県大和市南林間二丁目一九番六号

上告人

株式会社 相模建動

右代表者代表取締役

慱田桂一

右訴訟代理人弁護士

杉本昌純

神奈川県大和市中央五丁目一三番一三号

被上告人

大和税務署長 塩見喜八郎

右指定代理人

小沢満寿男

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行コ)第一三六号更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成六年三月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉本昌純の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下において、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の違憲で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成六年(行ツ)第一一八号 上告人 株式会社相模建動)

上告代理人杉本昌純の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法人税法二二条三項二号の解釈適用を誤った法令違背がある。

一、原判決の判示と問題

(一) 原判決の判示

(二) 原判決の問題

二、原判決の誤り

(一) 本件分割支払金の性質

(二) 法人税法二二条三項、法人税法基本通達二-二-一二の解釈

一、原判決の判示と問題

(一) 原判決の判示

1、「法人税法二二条三項二号にいう債務の確定の判定基準」として、法人税基本通達二-二-一二の「内容は、課税の公平を図り、所得計算は可能な限り客観的に覚知し得る事実関係に基づいて行われるべきであるという観点から見て合理的で妥当なものというべきである。」

2、昭和六二年一二月七日に訴外道下らと上告人との間で合意された本件和解においては、<1>上告人は、「本件土地についての占有権原がないことを認め」、第一の土地を「同月三一日限り道下らに明渡すことを約するとともに」、<2>「第二の土地については昭和八〇年(二〇〇五年)五月三一日限り本件建物を収去して道下らに明け渡す旨約しているが」、<3>「併せて、道下らに対し示談金(損害金)として六三五七万円を支払う義務のあることを認め」、<4>「うち支払済みの一五〇〇万円及び昭和六二年一二月末日に支払う五〇万円を除いた残額四八〇七万円につき昭和六三年一月から昭和八〇年(二〇〇五年)五月まで毎月末日限り二三万円ずつ二〇九回に分割して支払うことを約しており」、<5>上告人が「右示談金(損害金)の支払いを二回以上遅延したときは期限の利益を失い道下らに対し残額を一時に支払うとともに、即時に本件建物を収去して第二の土地を明け渡すこと」、<6>上告人が「右受渡期限の到来前に任意に本件建物を収去して第二の土地を受け渡したときは、その時における示談金(損害金)残額を免除すること」とされている。

3、右の和解条項の内容と「証拠(乙五)によれば」として、「本件和解の趣旨は、控訴人が本件土地の占有権原を有しないことを前提として、第二の土地については昭和八〇年五月三一日まで明渡しを猶予するとともに、控訴人が第二の土地を不法占拠することに対する損害賠償として道下らに対し月額二三満円の割合による賃料相当損害金を支払うことを定めたものと認められる。そして、前記のように示談金(損害金)については一応明渡猶予期限までの損害金の総額を記載するという形式が採られており、毎月の支払を二回以上怠ったときはその時の残額を一時に支払う旨の過怠約款が定められてはいるが、それは約定違反の場合の違約金の額としてそのように定められているに止まるものであるから、期限前の明渡しの際の残額免除の約定と併せ考えると、毎月支払うべき二三満かの損害金の支払義務は、控訴人の第二の土地に対する占有の事実があって初めて発生するものであることが明らかである」。

4、そして、原判決は、「以上によれば、本件示談金四八〇七万円のうち、本件事業年度の終了の日である昭和六三年二月二九日までに具体的な給付をなすべき原因となる事実が発生していたのは、同日までの間控訴人が第二の土地を占有したことによる損害金四六万円のみであり、同年三月一日以降の損害金に係る部分四七六一万円についてはいまだその具体的給付をなすべき事実が発生していないのであるから、本件通達の(二)の用件に該当せず、本件事業年度終了の日までに債務が確定しているものとはいえないというべきである」として、「本件和解の成立時において本件示談金の債務が全額確定した旨の控訴人の主張は到底採用することはできない」とした。

(二) 原判決の問題

1、原判決は、その結論はもとより、理由づけにおいても、第一審判決を踏襲するものということができる。

それは、結局は、法人税法二二条三項二号の「債務の確定」についての法人税基本通達二-二-一二(原判決の所謂「本件通達」)の第二要件、すなわち「当該事業年度終了の日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること」の「具体的な給付をすべき原因となる事実」(以下、「具体的給付原因事実」という)は、上告人(控訴人)の第二の土地に対する占有(という事実)であるとするものである(前記の原判決判示3、4。同判示1、2については、異論はない。)。

2、しかし、このような把え方には根本的な疑問がある。

第一に、それは、法人税法の解釈適用との関係では、結局は、本件和解条項による上告人の第二の土地明渡義務猶予期間中における同土地に対する占有を土地の賃貸借と同一視し(被上告人の第一審での平成4年11月4日付準備書面(一)16~18頁、本件についての「裁決書」――乙4号証14~15頁参照)、本件分割支払金(昭和63年1月から同80年5月までの毎月金二三万円の分割損害金)を地代(土地貸借料)とみなすものということができる。「地代、家賃等のように資産の賃貸借契約に基づいて支払を受ける使用料については、前受分を除き、当該契約又は慣習によりその支払を受けるべき日の属する事業年度において収益計上することを原則とする」(渡辺淑夫・法人税法平成四年度版一一七頁)とされているからである。また、本件更正の理由とした(前掲の本件「裁決書」も同様)。

しかし、本件の右の占有を土地の賃貸借と同視することが、実体法的にも、そして法人税法上も、容認できるであろうか。

第二に、原判決は、本件通達の第二要件である「具体的給付原因事実」の概念(構成要件的意味内容)を明らかにすることなく、ただ、本件の場合、それは第二の土地に対する占有の事実であり、昭和六三年三月一日以降は、右占有の事実が未だ発生していないことを理由に右要件の該当性を否定するのであるが、そのような解釈適用が、法人税法二二条三項、法人税基本通達二-二-一二の制定の趣旨、従前の解釈事例、法人税法における収益・費用・損失についての発生主義の原則等からして果して容認されうるものか。

二、原判決の誤り

(一) 本件分割支払金の性質

1、本件分割支払金を賃料(地代)と同一視することは、本件和解条項の内容からしても容認できない。

「原判決の判示3」(「本件和解の趣旨」)は、本件和解成立後の昭和六三年一月から同八〇年五月まで毎月月末限り支払われるべき分割支払金(損害金)は、「第二の土地に対する賃料相当の損害金」と把え、前述のとおり、結局は、右の本件分割支払金を賃貸借の賃料(地代)と同視し、右分割支払金についての課税関係を賃料に対するそれと同様に取扱おうとするものということができる。また、それは、右のことの当然の半面として分割金・土地占有不可分論でもある。

本件分割支払金を第二の土地に対する賃料相当損害金とすること自体がきわめて疑問であるが、仮にそういえるとしても、本件和解条項における分割支払金と賃貸借における賃料とが実体法的に異なるものであることは明らかであろう。

前者は、建物収去土地明渡義務の確定猶予期限までの占有権原のない土地の占有であり、従って更新の問題も、損害金の増減額の問題もありえない。他方、後者は、賃貸借に基づく権原ある土地の占有であり、賃料は正しく土地占有の対価であって、その増減額の問題があり、更新の問題も当然に付随する。

そして、右のような両者の法的な基本的相異に基づいて、前者の分割支払金は、正しく損害金の分割支払契約に基づくものであるからこそ、過怠約款(本件和解条項第五条一項、二項)が定められいるのである。

上告人が、例えば、昭和六三年一月分と二月分の分割支払金の支払を遅滞したときは、上告人は期限の利益を喪失し、<1>「その時における残金」、すなわち金四八、〇七〇、〇〇〇円の一時支払義務と<2>第一の土地の即時明渡義務、それも執行力を伴う義務が具現するのである。

本件分割金支払義務が、上告人の本件第二の土地の占有の事実に基づいて生ずるとする原判決のいわば分割支払金(義務)・土地占有不可分説の破綻は、右過怠約款の存在によって明々白々といわなければならない。

原判決は、この過怠約款に関して、<1>「……示談金(損害金)については、一応明渡猶予期限までの損害金の総額を記載するという形式が採られており、………旨の過怠約款が定められてはいるが、それは約定違反の場合の違約金の額としてそのように定められているに止まるもの」であるとし、<2>「期限前の明渡しの際の残額免除の約定と併せ考えると………損害金の支払義務は、控訴人の第二の土地に対する占有の事実があって初めて発生する………」とする(前記の「原判決の判示3」)。

しかし、右<1>の過怠約款についての判示の「……一応明渡猶予期限までの損害金の総額を記載するという形式が採られており……」との点は、和解当事者の私的自治に不当に介入・侵害するものといわなければならない。和解当事者の和解(契約)内容の合計(選択)は、合理的な経済目的から行われた私的自治として、租税法律主義のもとでは、法人税法上拠るべき規定(法人税法一一条一三二条)なくして、「私法上許された形式を乱用することによって租税負担を不当に回避し又は軽減することを図る」場合を除き、これを否認することは許されないというべきだからである(参照、大阪高裁昭和39・9・24判決・判時三九二号三九頁~、名古屋高裁昭和49・1・17判決・税務署の判断と裁判所の判断――六法出版社――二九九頁)。原判決の右<1>についての判示は本末転倒であり、本件和解条項の過怠約款は、本件分割支払金が、和解当事者の合意(私的自治)である損害賠償金の分割支払契約に基づくものであることに必然的に由来するものである。

前記<2>の残額免除約定は、本件和解条項における訴訟当事者の基本的権利・義務の実現に関するいわば報償条項であって、仮に現実にそのような事態が現出した場合には、報償として、実体法上も、一旦確定した上告人の債務が、文字通り免除されるのであり、税法上も、その事業年度に応じた新たな課税関係として処理すれば充分に足りることなのである(「継続性の原則」ないし「継続企業の原則」。法人税基本通達二-二-一六)。

こうして、原判決の本件分割支払金=地代説ないし右分割支払金=占有不可分説は、実質的合理的な根拠を欠き、全く理由がないというべきである。

2、本件分割支払金を賃料と同一視することは、法人税法上の取扱いからしても容認できない。

賃貸借契約における対価、つまり賃料(地代、家賃)についての法人税法の取扱いについては既にみたとおりである。当該契約に基づき、その支払を受けるべき日の属する事業年度において収益計上することが原則とされる。

他方、損害(賠償)金については、「他の者から支払を受ける損害賠償金(遅延損害金を含む)については、その支払を受けることが確定したときに収益計上することを原則とするが、その性質上、現実に支払を受け得るかどうかについては不確定要素が強いので、実際にその支払を受けた時に益金算入することも妨げないものとしている。なおこの場合でも、その損害賠償金の請求の起因にかかる損失については、保険金又は共済金によって補てんされる部分の金額を除き、その損害の発生した事業年度の損金の額に算入することが認められる(法基通二-一-三七)」(渡辺淑夫・前掲書一一九頁)、「法人が業務の遂行に関連して他の者に与えた損害につき賠償をする場合には、かりに期末までにその賠償すべき金額が確定していないときであっても、相手方に申出た金額………については、保険金等により補てんされることが明らかな部分の金額を除き、当期の未払金に計上することが認められる(法基通二〇-二-一三)」(前同一二七頁)とされている。

本件分割支払金が損害(賠償)金であることは、原判決も認めるところである。損害金であるにもかかわらず、前述のとおり、充分な根拠もなく、それが実質的には賃料であるとし、賃料についての課税関係を本件に適用することは、到底容認できないというべきである。

(二) 法人税法二二条三項、法人税法基本通達二-二-一二の解釈

1、原判決は、前述のとおり、本件通達の第二要件である「具体的給付原因事実」の概念(構成要件的意味内容)を明らかにしなかった。

租税法律主義のもとにおいて、右要件は納税者のマグナ・カルタであり、その意味内容を明確にすることは極めて重要なことといわなければならない。

原判決は、ただ、本件の場合、具体的給付原因事実は、本件第二の土地に対する占有の事実であり、昭和六三年三月一日以降は、右占有の事実が未だ発生していないことを理由に本件通達第二要件の該当性を否定するだけなのである。

それは、本件分割支払金の実質論を論拠とするものであるが、それが理由のないことは、既に詳述したとおりである。

2、法人税法は、収益・費用・損失の基準として発生主義(ひいては権利確定主義)を採用している(法人税法二二条一~三項)。

「発生主義は、各会計期間における収益・費用の適正な割当の基準として、当期で『発生』した収益・費用は、現金収支の有無にかかわりなく当期の期間収益として認識するという考え方であって、現金収支の事実をもってはじめて会計的事実を確認するいわゆる「現金主義原則」の思想と対立するものであるが、これが現在の健全な会計慣行の中心的思想として一般に是認され、税法における課税所得の計算においてもまた基本的前提とされているのである」(渡辺淑夫・前掲書一〇二頁)。

この発生主義の観点からすれば、本件分割支払金(債務)が、本件和解成立時に和解条項において発生していることは一見して明白である。昭和六三年一月以降の分割支払金の支払期日は、損害賠償金総額金六、三五七万円の残額金四、八〇七万円の期限の利益を与えられた分割支払金の文字通りの弁済期なのであり、それは、時間の経過に従って自から到来するものであって、用語の常識的意味からしても具体的給付原因事実といえるようなものではないのである。

このことは、売掛金や貸金等についての債務弁済契約における割賦弁済金の場合を想起すれば充分であろう。そこでも過怠条項や報償条項は、ほとんどの場合に設けられているのである。

3、原判決の具体的給付原因事実に関する見解は、従前の解釈事例とも著しく乖離している。

その事例は、例えば、<1>条件付債務における条件の成就(中村利雄・法人税の課税所得計算――改訂版――七二頁)、<2>故障した機械の修理代金についての修理の完了(渡辺淑夫・前掲書一二五~六頁)、<3>マルチ商法における商品(エンジン部品)の取付費用債務についての取付確認カードの送付(山口地裁昭和56・11・5判決・行裁集三二巻一一号一九一六頁)、<4>私法上同時履行の抗弁権がある場合の抗弁権の消滅(屋根の修理代金債務と修理の完了)(山本守之・体系法人税法一一三頁)等であって、いずれも債務の弁済期(期限)の到来を具体的給付原因事実とは解していないのである。

本件分割金支払債務は、条件付債務や抗弁権付債務などではないのであり、和解調書そのものにおいて、その内容が具体的・一義的に明確に定められているのであるから、本件和解条項自体が具体的給付原因事実というべきなのであり、分割金支払債務の弁済期の到来が、それに該る余地は全くない。

4、さらに原判決の見解は、法人税法二二条(二号)、法人税基本通達二-二-一二の制定の趣旨からしても到底容認できるものではない。

同法の制定の趣旨は、当期の業績の表示を重視し、収益費用の対応関係を重くみて、積極的に費用の見越計上や引当金の設定を行なおうとする企業会計の傾向に対し、税法では、課税の公平を図るという見地から、所得計算は可能な限り客観的に覚知しうる事実関係に基づいて行なわれるべきであり、「とにかく企業の恣意性が入り込みやすい費用の見越計上や引当金の設定は、原則としてこれを認めない」ということにあり、その趣旨から、「償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く」(法二二条三項二号)と法定されているのである(例えば、栃本道夫監修・コンメンタール法人税基本通達九四~五頁)。基本通達二-二-一二の債務確定の判定基準の三要件も右の趣旨の下にあることはいうまでもなかろう。

金子宏・租税法(第二版)も、法人税法二二条三項二号について、「これは、債務として確定していない費用は、その発生の見込みとその金額が明確でないため、これを費用に算入することを認めると所得金額の計算が不正確になり、また所得の金額が不当に減少するおそれがあるという理由からである。したがって、この趣旨に反しない限り、『債務の確定』の意義は、いくらかゆるやかに解釈しても差し支えないと考えるべきであろう」(同書二二一頁)と指摘している。

本件分割支払金債務は、その債務の具体的内容について、およそ納税者の恣意の入る余地のないものであり、右の制定の趣旨からしても、「債務の確定」の要件を十二分に充たすものということができる。

結局、原判決は、租税法律主義(課税要件明確主義)に違背し、本件和解条項を一面的・主観的に把握して法人税法二二条三項の解釈・適用を誤ったものとして破棄されなければならない。

以上

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